こんにちはタラスクです。
今日は、いわゆる「クソデッキ」とは何かについて、以前カードゲーム仲間と話した中身を書きます。
【クソデッキにまつわるエトセトラ】
言葉がきたないですが、他のカードゲームと同様、残念ながら三国志大戦にも「クソデッキ」と呼ばれてしまうデッキがあります。
そういうデッキへの不満がTLに燃料として投下されるたび、ゴリラ達が集まってきて、
「勝てるデッキを使うのは当然」
「クソデッキをさばけないオマエが悪い」
「クソデッキにも技術は必要」
「クソデッキ使いも色々考えている」
という擁護意見と、
「クソゲーつまんねー」
「前出しノースキルデッキ乙」
「○○デッキは時間の無駄」
「○○デッキはつまらないから捨てる」
などという反対意見が入り乱れ、定期的に炎上するのが、三国志大戦ツイッタラー界隈の香ばしい風物詩となっているわけですが…
ではそもそもクソデッキって何なのでしょうね?
【クソデッキの定義】
クソデッキとして槍玉に挙げられることが多いのは以下のデッキだと思います。
・麻痺矢
・開幕乙
・騎馬単
・その他、環境で強いカードを使ったデッキ
最後のは例えば、全盛期のあんさつデッキや、かつてのSR夏侯覇とゴリラ、現在の麒麟児や文鴦ですね。
では何でクソデッキと呼ばれてしまうのでしょうか?
それはおそらく、下記の理由によると考えています。
①やりたいことをやらせてもらえない
②スキルが相対化される
つまりゲームにならない、または相性や運の勝負=クソゲーになりがちであるため、ヘイトを集めやすく、クソデッキと呼ばれるのでしょう。
【クソデッキとどう向き合うか】
クソデッキと対戦する時の僕のスタンスは、
「負けをデッキのせいにするな」
一方で、自分がクソデッキを使う側の場合は、
「罵倒は甘んじて受けよう」
です。
僕はどんなデッキでも、勝つための手段である以上はクソゲーだろうがゴリラだろうが使うべきだと思いますし、対戦相手がその権利を否定するのは不当であると思います。
別にルールを破ってるわけじゃあないですからね。
でも、この手のデッキ、特に開幕乙なんかは、システム上の特性から生まれるアドバンテージを活かして相手に何もやらせずに勝つというデッキなので、どうしてもヘイトを集めやすい。
TCGで例えると、相手のハンドを減らす効果を持つカードを大量に採用したデッキ(ハンデスデッキ)がそれに近いと思います。
ハンデスは噛み合うと何一つカードをプレイできずに負けることもあるので、やっぱり嫌われるんですよ。
そういうデッキを使うのは当然アリだし、これはこれで普通のデッキとは異なる考察や熟練が必要ですから、胸張って使えば良いんです。
でも、対戦相手はゴリラではなく人間ですから、嫌われたり罵られたりするのは仕方がないです。
そこはもう諦めるべきだと思います。
叩かれたからといって被害者顔する必要もないし、
「クソデッキも意外と難しい」
「一度使ってみたらいい」
「対策してない奴が悪い」
などと煽り返すようなことは無粋です。
相手はゴリラだと思って、黙ってスルーしましょう。
そんな僕は、今日も大流星デッキでクソゲーを量産していますw
今日はこの辺で。
読んでいただき、ありがとうございました!
ちなみに僕自身は、麻痺矢も騎馬単も開幕乙もクソデッキとは思ってません。
一般論として書いていますが、当該のデッキを使ってて不愉快に感じた方がおられましたらごめんなさい。
やりたいことがやれないと不完全燃焼感がすごくて、結果的にこういう評価してしまうんですよね…。
でもそこは立ち回りでカバーできない自分の未熟さなのだな、と思います。
「次はこういう相手にどう動いていくか?どうやって勝ちの目を見出すか?」は考えていきませんとね。
私は前バージョンで可儀暴虐使ってましたが、開幕乙出来ずに大逆転負けした時の相手の煽りがヤバかったのを覚えてます( ̄▽ ̄;)
ちなみに今は司馬師5枚使ってますが、未だに可儀暴虐の反動が凄まじく勝てません( ;∀;)
なるほど。単に強いデッキをクソデッキと呼ぶわけではないのですね。勉強になります。
正直なところ、○○は糞とかつまらないとか抜かしてる輩はずいぶんと甘っちょろいオツムをしてるんだなぁといつも思います
勝負事において相手のやりたいことをやらせないというのは当然のことで、ルールを破らない限りは勝利のための行動全てが正道であり王道であると思っています
何が言いたいかというと、麻痺矢が画面に映っても捨てゲーは寂しいので勘弁してください
相手に「戦いたくない、捨てたい」と思わせる所までデッキパワーだと思いますよ。