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ゲーセンの新しい未来再び~三国志大戦私的未来希望図~

by
楊狐
楊狐
はじめに
近日の戦友大戦、投稿等を読んで触発される形で少し個人の意見を書こうと思います。
自分の中での整理という意味も込めまして、こうなるのかなという希望的観測が多々含まれます。
実際は異なる事情かも知れません。
近年、あまり個人的意見を控えたのは、プレイヤーであるこちらが考えていることは、すでにSEGAでも検討している、あるいは出ている考え方だと思うからです。

デッキ構築で例えると、大体相談者はもう答え持っていて答え合わせのために相談してくるタイプの人がいました。
名前は控えるけど。今思うとそうだよな(笑)

その場で相談に乗って提案するのですが、こちらの提案の大半がすでに相談者が考えて答えだしたものばかりなんですよ。
初心者なら話は別なんですけど。もう年単位でシリーズやっているタイプなので。
じゃあ、答えがわかっているのに、なんで相談してくるかというと相談者自身の中にない回答を探しているからなんですね。
つまり、ほとんどの場合、こちら側で考えた答えは全部持っていたりするんですよ。

自分のデッキの弱点は知っている、現環境も知っている、その上で自分のデッキを使いたい。
だから何かないですか?

あるわけねぇだろバカヤロー! 
弱点だらけじゃねぇか!
勝てる環境まで引退?
一体ぜんたいどんな環境だったら勝てるんだよ!
そのデッキは!
全員口を揃えてデッキ変えろって言ってるだろ!
本当にこじらせたプレイヤーはめんどくせぇな!


コホン!
という罵声を頭の中でしつつ(こらこら)
ない知恵絞って相談者を傷つけないように提案するんですけどね。
こちらの提案、アドバイスは全否定されます。

もう階級上の人に聞いてくれ、こじれた若者の相手にはおじさん疲れました。


さて、話をもとに戻しますと(笑)
そういうわけで個人の意見を書いたところで上記のように議論として(SEGA側で)出尽くしているかもなので、それを踏まえた上であえて自分の考えを今回は書いていこうかと思います。



発端~アミューズメント事業の交代とコロナ禍のはじまり~
遡ると三国志大戦4が稼働する、あるいは稼働以前から徐々にゲーセンやアミューズメント事業の不況を耳にするようになりました。
緩やかな衰退のはじまりというか、時折不穏な空気をかんじつつも三国志大戦を楽しく遊んでいました。
こうした空気を吹き飛ばすように、ここ桃園での出会いやサークル参加、戦友大戦、オフ会等。特にオフ会に関しては年々人数が増えていって、今後の活動や集まりが楽しいと思っていました。

その矢先のこと、コロナ禍、続いてSEGAアミューズメント事業の撤退があります。
多分、アミューズメント事業の撤退が先にあって、それを加速させたのがコロナ禍なのかなと思います。

この間くらいの時期に自分も通っていたホームのゲーセンが閉店しました。
根本の理由は建物の老朽化でしたが、トドメをさしたのはコロナだと思います。
もともと「廃墟」の愛称で県外プレイヤーからも親しまれており、その場所は秘密基地っぽく。
三国志大戦コーナーに設置された青いベンチは一部で有名でした。
何よりも初めて知り合った君主の方はじめ、いろいろな方と知り合った場所でもあります。

重要なのは場所だったりもします。
単にゲーム筐体がおいてあるというだけでなく長年通ったかけがいのない場所。
その場所が消えてしまったら……。
例え別店舗に筐体が置いてあったとしても引退される方多数いたと思います。
その場所にあったからこそ意味があった。

思えば自分がそのゲーセンを利用しはじめたのも知り合った君主の影響が強いです。
その君主の方も三国志、大戦シリーズが置かれる前からの常連らしく。
そう考えると。
その場所を失ったことは、そうそう簡単に割り切れるものではないと思いました。
見方を変えればその頃から存在する建物となると、やはり老朽化は避けられず改装の話もあったようです。
しかし、現実はごらんの通りです。
厳しい。
現在建物は完全に壊されて更地になっているようです……。
寂しいですな。



英傑大戦稼働と三国志大戦撤去騒動
SEGAのアミューズメント事業撤退、GENDAへの交代劇は、そうしたゲーセン不況、コロナ禍という時代を象徴した出来事だったかと思います。
その上で現在に至る大戦シリーズの稼働事情を書いていこうと思います。

去年、自分は英傑大戦稼働とそれに伴う筐体の撤去騒動に関しゲーセンの新しい未来~私的未来希望図~なる投稿をしました。
その中でも触れましたがSEGAによるメーカー主導からゲーセン主導へ。筐体撤去についてもケースバイケースで一概にSEGAが三国志大戦を終わらせようとしているとは言いがたい理由、事情を自分なりに考えて書きました。

それまで格ゲーブームなど経済の背景もあって勢いのあったゲーム業界。
ゲームショーなどでのゲーム買い付け、営業等、メーカー主導で筐体を設置していたゲーセンもあったと思います。
大戦シリーズにしてもアミューズメント事業をしつつ、ゲーム開発もしているSEGAの筐体だからこその説得力。ブランド力があった気がします。
しかし、上記の事情もあり事業撤退のうえで筐体の設置となると、SEGAとGENDA両者がゲーセン側に与えた影響もかなりあったのではないでしょうか。

例えばゲーセンと言っても、自分が通っていたホームにはビリヤードや麻雀もあったりしました。
ゲームコーナーが徐々に大きくなっていって現在の形になった印象もあり。
本来主体はゲーセンではなく、一部ゲームコーナーが大きくなっていった店舗もあったと思います。
メインの事業が別にあるオーナーさんもいたと考えると筐体の設置、もっといえばゲーセンそのものの事業の今後を考えたときに、筐体撤去、店舗の閉店という考えもケースバイケースで発生していたのかなと思います。
そんなに多くありませんが自分が知るかぎりで逆に両大戦で黒字出していたという例もあるので、筐体撤去にはゲーセン側の事情もかなり絡み合っている気がします。



私的未来希望図

自分としては三国志大戦は稼働7周年記念を迎えた上での終了なのかなと。
なんとなく思っています。
ただ、事業を受け継いだGENDAの判断もあるとおもいますので、最後はGiGOが聖地となってオフラインで筐体は残す可能性もあるかなと思いました。

過去の三国志大戦シリーズも最終的にはそんな感じだった気がします。
なんだかんだで平行稼働した戦国大戦が約5年、三国志大戦3は約7年続きましたからな。
そういう形で残るのなら店舗へ行ってのオフ会の開催など、三国志大戦でゲーセンを盛り上がる余地はあるかなと思います。

英傑大戦モデルがシリーズ最後となるか、それとも新しいモデルスタイルとして始まるのか。
カードゲーム事業として考えるとまだまだやれそうな気もしますが……。
こちらに関しては完全にゲーム開発であるSEGA次第なので。
あとは筐体設置もかねてGENDA側の判断になるのかなと思いました。



おわりに
久々に自分の中だけでいろいろと考えをまとめて書いてみました。
書き出して言葉にしないと自分自身わからない部分もあるなと改めて感じました。
普段、もやもやが発生したりするのですが、自分の中で無理矢理納得していた、させていた部分もあって思い切り吐き出すかたちとなったのは書いていて気分が良かったです。
はじめにも書きましたが、これが正解、真実という気はないので、参考程度に読んでいただければなと思います。


ここまで長文にお付き合いいただきありがとうございました。

再見
更新日時:2023/08/22 13:26
(作成日時:2023/08/22 12:30)
コメント( 22 )
22件のコメントを全て表示する
楊狐
楊狐
2023年8月23日 18時24分

人間世さんコメントありがとうございます。
人間世さんの投稿に触発され、香港のゲーム事情を知って自身も何か書くべき事があるのではないかと筆をとった次第です。
時代と共に日本のゲームセンター事情も変わってきました。
SEGA→GENDAへの交代。
店名も「セガワールド」から「GiGO」へ代わり、新しい系列店として、SEGAと連携し今後も三国志大戦を続けていって欲しいと思います。
人間世さんの言葉の通り、
「家で映画を見るのと同じように、その体験は映画館で見るほど良くありません。」
その「場所」でしか得られない特別な体験があります。
今後もゲームセンターがそうした新しい体験を得られる場所であり、三国志大戦がそうであって欲しいですな。

人間世
炎頭の群れ(えんずのむれ)
炎頭の群れ(えんずのむれ)
2023年8月23日 20時43分

自分は大学生の頃はゲーセンに行く引きこもりだったので立派?な社会人になれましたが、ゲーセンが無かったらただの引きこもりになっていて人生終わっていたと思いますまる

楊狐
楊狐
楊狐
2023年8月23日 20時54分

炎頭の群れ(えんずのむれ)さんコメントありがとうございます。
自分で自分の場所を探す、見つけるというのも、また勉強というか、人生というか。
ゲーセンがあったからこそというのもありますな。
自分も友人に誘われた当時は、いろいろと仕事や生活で行き詰まっていた時期でした。
友人に誘われていなかったら現在はもっと違った人生送っていたかもです。
三国志大戦を含め、大戦シリーズを通じて様々な人々と出会えたことは大切だと感じますし、自分の世界が広がった気もします。
自分もまた炎頭の群れ(えんずのむれ)さんと同じく救われた一人なのだと思います。

古の幻獣
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