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(書き物)幸せへの道

by
おかか容疑者
おかか容疑者
私の生まれは、肉屋だった。


私の両親は、早くに賊に襲われ、命を落とした。
だから、私は兄とふたり、貧しい生活を余儀なくされた。

兄は両親から教わった技術をもって、なんとか家業をこなし、細々とではあるが生活することができた。


「妹よ、悪いがこの分も斬ってくれんか。こっちも上手く斬れなくてなぁ。頼むのだ!」

とはいえ、兄も腕前は未熟。私も手伝いながら、二人でその日その日を乗り越えてきた。


私は、この貧しい暮らしが辛かった。肉屋の仕事も大変で、嫌だった。
しかし、

「ワシはケンカが弱いから、兵隊になって戦争に行くなんて、とてもじゃないが恐ろしい。
でも、この仕事はみんなにおいしいお肉を分けてあげられる。そう思えば、いい仕事じゃないかと思うのだ!」

こう言って、ひたむきに頑張る兄と一緒にいられるのは、嬉しかった。


「お金が貯まったら、お前の好きな物を食べに行こう。綺麗な服も買いたいな。楽しみなのだ、ガハハ!」

何より、私の為に働いてくれる兄が、とても頼もしかった。



『絶対にこの生活を抜け出して、兄と一緒に幸せになるんだ』


だから私は、宦官に近づいた。
私達の幸せのためには、これしか道はない。そう覚悟した。
密かに彼らに会い、兄に内緒で家のお金を渡し、何度か密会を重ねた。
そして、晴れて宮廷へ立ち入ることが許された。

結局、兄が貯めてくれたお金のほとんどを使うこととなった。
兄はもちろん驚いたが、怒ることもせず、深く追求もしなかった。



宮廷で私はできるだけ着飾り、程なくして霊帝様のお目にかかることができた。
そして幸運にも、霊帝様からの寵愛を受けることができた。

今までのみじめな生活から、世界が一変した。
こんなにも事が上手く運ぶなんて。
好きなように贅沢な暮らしができる。思い描いていた通りの「幸せ」だった。



霊帝様に兄の事を話した。
間もなく、兄も帝に仕える武将として、宮廷へ入ることを許されることとなった。
こうして、私達兄妹は、新たな道を歩み始めたのであった。


とはいえ、皇后という立場上、私は霊帝様のお側から離れる事がなかなかできなかった。
また、兄も今までの肉屋の暮らし方から、「人を率いる将軍」という別世界の生き方をせねばならなかった。
兵法や武芸など覚えなければならない事が多く、学ぶために多大な時間を使っていた。
常に書物を読み、必死に戦を学ぼうとしている兄の姿を、私は何度も見かけた。声をかけることは、できなかった。


ようやく共に生活できるようになったが、私と兄との距離は近くなったように見えて、かえって遠くなっていった。


そんな中、私は霊帝様の子を身籠ることとなった。
後宮の女たちが何よりも為さねばならないこと。皇帝の血を絶やさぬよう、次代の皇帝を産み、育てること。
これで私も漢王朝の歴史において、一つの楔となった。


宮廷でもさっそく祝いの席が設けられた。
普段よりも豪勢な料理の数々が振る舞われ、皆がひっきりなしに騒いでいる。


しかし、私の胸中は複雑だった。
私の為したことは、確かに漢王朝の存続という、重要な役目を担っている。
しかし、果たしてこれが、私の望んだ「幸せ」だったのか?


ここに住み始めてから、宮中にいる者達の事がよく理解できた。
皆、表立っては帝の為に、と口を揃えるが、裏では私利私欲の為にしか行動しない者達ばかり。
宦官だけではない。多くの人間がそうであった。
帝という「壺」に入れられ、お互いを恨み、憎しみ、蹴落とす、それはまさに「蟲毒」とも呼べるものであった。

そのような者たちに囲まれた中で、お互いが上辺だけの挨拶をして、真意がどうかさえも見えてこない。
本当に、私は幸せなのだろうか――――



宴も終わりに差し掛かり、陽気な声もなくなってきた真夜中。



「妹よぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



勢いよく入口の扉が開かれ、耳をつんざく大声が響き渡った。



「おめでとう、おめでとうなのだ!!すっかり遅くなってしまって、悪かった、妹よぉ!!」



兄が、息を切らしながらわき目もふらず私のところに駆け寄り、人目も憚らず泣きながら話し続ける。

今日は遠方まで賊の討伐に出かけねばならないから、戻ってこれないはずなのに、どうして………


「今日はもし馬をダメにしてでも、ワシ一人で走って戻ってきてやると決意していたのだ。こんな晴れの日に顔を出せなかったら、兄失格だからな!ガハハ!!」


涙をボロボロこぼしながら、兄は笑い声を響かせ、祝ってくれた。

堰を切ったように、涙がとめどなく溢れた。

環境が変わっても、暮らしが変わっても、そして私が変わっても、兄は兄のままだった。
それがただ、嬉しくて。
戻りたくなかったはずの「昔」に戻れたことが、とても嬉しくて………




これからも私は、この忌まわしき宮廷で過ごし続けるだろう。
しかし私は、もう悩むことはしない。
兄と、そして帝より授かった新たな命のために、利用できる者は全て使わせてもらおう。
たとえそれが、この手を穢すことになろうとも。

それが私の「幸せ」なのだから――――
更新日時:2018/01/27 22:51
(作成日時:2018/01/27 22:51)
カテゴリ
雑談・雑感
コメント( 13 )
13件のコメントを全て表示する
おかか容疑者
おかか容疑者
2018年1月29日 8時55分

・うさまるさん
悪人とされている人物も、何かしらの理由・想いがあって事を為しているわけです。後世の我々はただその行いだけしか知る事ができません。
脚色されていると話は面白くなりますが、その人物の真意が見えなくもなりますね。善人とされている人物もまた然り。
お読みいただきありがとうございます。

楊狐
楊狐
2018年1月29日 10時7分

物の見かたの角度を変えるだけで、その人物のまた違った魅力が見えてきますな。

おかか容疑者
おかか容疑者
2018年1月30日 7時44分

・楊狐さん
真っ白な人間も真っ黒な人間もいはしません。白黒混ざり合っているからこそ、人は面白い。

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