『マッチありの老女』
ひどく寒い日でした。
雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜、今年さいごの夜でした。
この寒さと暗闇の中、キラキラと輝くゲームセンターに、
一人の老女が三国志大戦をプレイしておりました。
老女が三国志大戦を始めたのは30年ほど前。
子どもたちは立派に巣立ち、夫が定年を迎え、これからは二人で何をしようかしら?という矢先、急な病で夫は旅立ってしまいました。
別れに訪れてくれた人々の中に、会社の同僚でも学生時代の友人でもない方が9名、年齢に少しバラつきのある彼らは、
「◯◯さんの三国志大戦のチームメイトです。」
と名乗りました。
心底別れを惜しみ、彼女の知らない夫の色々な想い出を語ってくれた彼らに老女は、
「そのゲームは私でも出来ますでしょうか?」
「もし御迷惑でなければ、私にやり方を教えて下さらないでしょうか?」
と、尋ねました。
友人達は喜んで「一緒にやりましょう!」と言いました。
「デッキを決めるに当たって、使いたい武将を1人、決めるのをお薦めします。」
彼女が選んだのは、夫が使用していた賢母天啓デッキに入っていた、
『孫呉の母、呉夫人』
その呉夫人を入れた槍1弓5の賢母麻痺矢号令
このデッキで老女はそれから30年、たくさん、たくさん、戦いました。
最高齢&堅守のプレイヤーとして次第に有名になり、
「あらあら、騎馬のよく動くこと。お若いわねぇ。」
「家を守るのは、得意なのよ。」
などの名言も残しました。
そして今日。
ついに、その時がきました。
プレイを終えた老女は、もう、
立ち上がる事は出来ませんでした。
そんな彼女をいたわるように、背中から優しく包み込む腕。
彼女は、その懐かしい腕に触れながら、言いました。
「あら、あなた。随分と待たせてしまいましたね。
でも、いっぱいお土産話があるんですよ?
一番はやっぱり、あれかしら。チームの皆さんと全国大会に出た時の話。
あ、でも、ごめんなさい、
少しだけ待って頂戴。最期に、これだけ。」
このゲームの為に始めたツイッター。
「古くから対戦ゲームをしている人には『煽り』と捉える文化もあるので、気を付けて、相手を選んで言った方が良い」とも教えられた、この言葉。
それでも言わずにはおられず、言い続けた、この言葉。
あるいは迷惑になってしまった事もあったかもしれないけども、これだけは、私のスタイル。いつ、最期になってもおかしくはなかったのだから。
出会った人への感謝を。
一緒に遊んでくれた全ての人への感謝をこめて。
「マッチング、ありがとうございました。」
おしまい
この話は、今はまだ、フィクションです。
イラスト&作曲 藤原基央
でお願いします(*´ω`*)
どこまでホントなんですか!?(;゚Д゚)
泣いた($◇$` )
>こばりんさん
それは至高&そう言って頂けるのはとても嬉しいです😊
『ギルド』のDVD見て泣いたの思い出しました😭
>納豆華さん
全部想像、のつもりだったんですが、有り得ない事でもないのかな、と思ってます。大戦シリーズ息長く続いていって欲しいですね〜🍀
>しろからすさん
今回は「身内ネタ」「笑い」要素無しで書いたのですが、反応が少なめでぶっちゃけどうだったのかな〜?と思っていたのですが、
しろからすさんに泣いて頂けたのなら書いた意味がありました😆
ティローン…ティローン…
排出されたカードの受け取りを促す音が鳴り続ける
ティローン…ティローン…
大きな音だ、そのうち異変に気付いた誰かが店員を呼び、救急車も来るだろう
ティローン…ティ…
喧騒の中、いつのまにか音がやんだ
誰かがそうしたのかはわからない
ただ、老女の手には最期に排出されたSR孫堅が握られていた
まるで、そうあるべきであるかのように
ずっと使っていた、呉夫人の隣に
スマートフォンが光る
リプライの通知だ
そこには、みじかく、ひとこと。
「また来世」
>しろからすさん
ガチ泣きしました😭😭😭
最高のエピローグをありがとうございます!